内定取り消しは違法?|企業側が知っておきたい法律知識を解説
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、業績が悪化している企業もあり、新卒者の採用を見送るところもあるようです。
しかし、既に内定を出してしまっている企業としては、業績悪化を理由に内定を取り消すことができるのかどうかが気になるところです。就職活動をしている学生にとっては、希望している企業から内定をもらうことができた場合には、その企業に就職することを前提として、就職活動を終了することが一般的です。そのため、企業から内定取り消しをされた場合には、内定者に与える影響が大きいため、内定取り消しをするためには法律上問題がない形で行う必要があります。
今回は、どのような場合に内定取り消しが違法になるのか、違法な内定取り消しをした場合の企業側のリスクについて解説します。
目次
内定の取り消しは違法?
法律上問題がない形での内定取り消しをする前提として、内定取り消しについての基本的な事項を押さえておく必要があります。以下では内定取り消しの法的意味や内定取り消しが違法となる事例について説明します。
内定取り消しとは
一般的に、内定とは、始期付解約権留保付労働契約だと考えられています。すなわち、企業が学生に対して内定通知を出した時点で、企業と学生との間には労働契約が成立することになります。
そして、内定取り消しとは、既に成立した労働契約について、留保していた解約権を行使することによって一方的に解約するという法的性質を有しています。内定を出した企業としては、「まだ内定だから取り消しても大丈夫」などと安易に考えるのは危険です。既に労働契約が成立していることを前提として、慎重に対応することが求められます。
内定取り消しが違法になる場合とは?
内定によって、企業と内定者との間には、労働契約が成立していますので、企業側は、自由に内定を取り消すことはできません。基本的には、解雇と同様に解雇法理が適用されてその有効性については厳格に判断されることになります。
内定を出したものの内定者が雰囲気が何となく気に入らないとか、内定辞退者が想像していたよりも少なかったなどの理由は正当な理由にはならず、違法であると判断される可能性が高いです。また、業績悪化という理由での内定取り消しについても、採用内定当時に容易に予測できたときには、同様に違法と判断される可能性が高いです。
内定を取り消すことができる場合とは?
では、適法に内定を取り消すことができるのはどういうケースでしょうか。
内定を正当に取り消すことができる要件とは?
採用内定の取消の適法性については、留保されていた解約権の行使が適法であるかの問題になります。留保解約権の内容については、基本的には、採用内定通知や内定者が企業に提出した誓約書などに記載された「取消事由」を参考にして判断します。
ただし、判例では、このような「取消事由」が存在するときでも、以下の要件を満たさない限りは、違法になると判断しています。
①採用内定当時知ることができず、または知ることが期待できないような事実であること
②解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在しており、社会通念上相当として是認することができること
正当な内定取り消しの具体例
では、上記の要件を踏まえて、具体的にどのような事情があれば正当な内定取り消しと認められるのでしょうか。以下では、内定者側の事情による内定取り消しと、企業側の事情による内定取り消しに分けて説明します。
内定者側の事情によるもの
内定者側の事情によって「正当に内定取り消しができる事例」としては、以下のようなものが挙げられます。
採用内定者が留年した場合
企業としては、採用内定者が学校を所定の年度に卒業し、卒業後に企業で働くことを前提に雇用することを予定しています。そのため、採用内定者が学校を卒業できず、企業で働くことができないのであれば、企業としても翌年の卒業まで待つことはできませんので当然、内定の取り消しは認められます。
採用内定者が傷病によって働くことができなくなった場合
採用内定後に、採用内定者の健康状態が悪化し、業務に堪えられないといえる場合には、内定の取り消しが認められます。
ただし、健康状態に不安があることを知りながら内定を出していたときには、内定取り消しは違法と判断される可能性もありますので注意が必要です。
採用内定者の提出書類に虚偽の記載があった場合
採用内定者が履歴書などに虚偽の内容を記載をしていた場合や面接時の発言内容に虚偽があった場合には、その内容や程度が重大なものであったときには、それを理由に内定取り消しができることがあります。企業としては、内定者の資格や学歴を前提として採用している部分も大きいため、そのような部分に虚偽があった場合には、内定取り消しができる可能性が高いでしょう。
採用内定者による犯罪行為が明らかになった場合
採用内定後、採用内定者が重大な犯罪行為(破廉恥罪など)などを行っていたことがわかった場合には、採用する企業の信用問題ともなりますので、内定取り消しができる可能性があります。
企業側の事情によるもの
企業側の事情による内定取り消しとしては、主に、業績悪化を理由とする内定取り消しがあります。
内定取り消しは、内定者に与える不利益が大きいため、企業側の事情による内定取り消しについては、整理解雇と同様の基準に基づき、その正当性が厳格に判断されることになります。
判例では、整理解雇を行うためには、以下の4つの要件を満たすことが必要であるとされています。
- 人員削減の必要性があること
- 解雇回避のための努力を尽くしたこと
- 解雇対象者の選定について客観的に合理的な基準があり、適正に運用したこと
- 労働者と誠実に協議するなど手続きに妥当性があること
企業としては、新型コロナウイルスによる業績悪化という不測の事態が生じたかもしれませんが、裁判所は、業績悪化による内定取り消しの有効性については、非常に厳しい態度で判断していますので、正当性が認められるケースは多くはないです。
不当な内定取り消しをした場合の企業側のリスク
正当な理由に基づかないで内定取り消しをしてしまった企業には、以下のようなリスクが生じる可能性があります。
企業名を公表されるリスク
内定取り消しを行った企業に対する罰則自体はありませんが、内定取り消しを行った企業が以下のいずれかの事由に該当するときには、厚生労働大臣によって採用内定取り消しを行った企業名が公表されるというリスクがあります。企業名が公表されてしまうと、翌年以降の新卒者採用において、優秀な人材を確保することが難しくなってしまいますので、企業としては、非常に重い措置であるといえます。
- ①2年以上連続して内定取消しが行われたとき
- ②同一年度内に10名以上の内定取消しが行われたとき
- ③事業活動の縮小を余儀なくされているとは明らかにいえないとき
- ④内定取消し対象となった新卒者に対し、内定取消しをした理由を十分に説明しなかったとき
- ⑤内定取消しの対象者となった新卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき
損害賠償請求をされるリスク
正当な理由なく内定取り消しをした場合には、当該内定の取り消しは無効となり、企業と内定者との間には、引き続き労働契約関係が存在していることになります。
内定の取り消しをされた内定者から会社に対して、訴訟を提起されたときには、労働契約上の地位の確認がなされるだけでなく、本来支払われるべきであった賃金や慰謝料の支払いまで求められるリスクがありますので、企業としては、採用内定の取り消しにあたっては、慎重な対応が求められます。
まとめ
新型コロナウイルスの感染拡大による業績悪化を受けて、採用内定の取り消しを検討している企業も多いでしょう。業績悪化による採用内定の取り消しについては、厳格な基準で判断されることになりますので、容易に認められるものでないことを覚えておきましょう。
正当な理由に基づき採用内定を取り消す場合であっても、相手に与える不利益をできる限り少なくするために、早期に内定取り消しを伝えるなどの対応も必要になってくるでしょう。